全く何も手につかず、ただただYouTubeを見ている時間というの多々あって、これが今の負のスパイラルを産んでいるのは間違いない。

でもやめられない。

自分は本当にクソだと思う

そんな時、YouTubeでこういう内容を話している人がいた。

頭のいい人は、世界が見えてしまって「どうにもならない」「自分がどんなにわからないことが多いのか」「世界も人も自分の思い通りにならない」「そもそも自分が自分の思い通りに動かない」ってことがわかってしまうから、結果的にネガティブになってしまう。
だから、馬鹿になれ。
馬鹿になれば、動機をつけて、元気をつけて、やる気のスイッチを入れる何かを見つけて、やろうと思えたことに向かって行動するということが大切。

なるほどって思った。

そうか、僕は頭がいいのか。

なんて思うほど楽観的ではないのだけれど、考えすぎる性格がこういう現実を招いているのではないかなと思った。

この人はこういうことも言っていた。

精神が疲弊しているときは、まず環境を整えてみることから始めてみたらどうか。
ちゃんと食べているか。ちゃんと寝れているか。
こういうことも大切で、肉体的に疲弊すると、精神も侵されてしまう。
だからまずは飯を食え。しっかり寝ろ。寒い暑いのない快適な環境に身を置け。
そうしてから、考えると、違った結果が生まれてくるのではないか。

確かに。

ご飯は食べてるけれど、寝れてないし、仕事が安定してない環境がしんどいんだと思った。

仕事が安定していないから収入が少なくなり、子供にしてあげれることが少なくなって、結果的に子供の可能性を狭めているという現実が辛い

貧乏は辛い。と思ったのだけれど、それについてもこういう話があった。

貧乏は状況で、貧困は解釈である。
お金がなくて困っていないなら問題ない。これが貧乏。
しかし、お金がないことで子供がいじめられるといった実害が出始めてそれに打つ手がなくて病んでしまうと本当に困ってしまう。これが貧困。
だから、いい車に乗っていても物に溢れていても、心の中が地獄のような状態だったらそれは貧困である。
認識と解釈の問題なのだ。

これで言うなら、僕は貧困なのだろうと思う。
同じ「お金がない」状況でも、それが気にならない状況で楽しく生活できていたなら貧困ではないわけだから、まさに、お金が原因で心の中が真っ黒になってしまっている今は、貧困状態ということになるのかもしれない

まとめると。

馬鹿になってとりあえずやれることをやっていく。
そのためにも、まずは身体を健康に保って、美味しいものを食べる。

これだけで、世の中は変わるのかもしれない。

なんとなくだけれど、そう思えた。